作:山稜
そりゃまぁ女の子なら、誰でも一度は夢見たり、する。
うらやましいとか、すごいとか、おんなじ女の子なのにとか思ったり、する。
あの彷徨ですら、写ったポスターをじーっと見ていたり、する。
だからって、なんでこんな目にあわなきゃならないの…っ!?
これってまた…夢?
「ほら、スケジュールびっしりなんだから、ボーっとしてないでっ」
マネージャーらしき女性にせかされる。
未夢は、とにかく返事をすることにした。
「あ、はい…っ」
「ほら、相手はあの大物なんだから、もっと元気出さなきゃ、キョウコちゃんっ」
背中への平手1発に、やっぱり夢ではなさそうなことを知らされた。
◇
数時間前のことだった。
未夢は彷徨と、夕食の買出しに来ていた。
彷徨が、CDショップのポスターを見ていた。
「へーっ、めずらしーこともあるものだことっ」
茶化し半分、やきもち半分。
「キョウコ3rdシングル、Xmasはあなたと…、ねぇ」
キョウコといえば、今をときめく超アイドル。
たしか18歳、学年で言えば1コ下。
それなのに、あっちはああで、こっちはこう。
別になりたいとも思わないけど、なんか差がついてるような。
その上、彷徨がじっと見てるっていうのが、なんか。
「あぁ、もうそんな時期だなと思ってさっ」
平然と応える彷徨に、また腹が立つ。
「へー、そうですかそうですかっ」
「おまえ…なに怒ってんだよ…」
「べつに怒ってなんか、いません―…っ」
思い切り舌を出してから、ぷいと横を向く。
向いた先に、知った顔がある。
「あれっ、星矢くん?」
彷徨も、そっちを見た。
確かにそうだ、という顔。
星矢も、こっちに気がついた。
ただ、ちょっと様子が変だ。
いつもなら、いたずらついでに元気よくやってくるのに、
「や…ぁ、未夢ちゃん、彷徨くん…」
真っ赤な顔に、おでこは汗だく。
さすがに、この異常さはすぐわかる。
「どうしたんだっ?」
「具合でも、わるいの?」
ふたりが手を差し伸べる。
その瞬間、星矢は後ずさりをした。
「だめだっ、さわっちゃ」
星矢の言葉に、どきっとする。
「…うつったり、するのか…っ?」
「いや…そうじゃないんだけど…」
「まちなさーいっ!」
むこうから、騒がしい声。
青いバケットの帽子をかぶった、若い女のコ。
突進してきた。
星矢がたおれた。
未夢にぶつかる。
彷徨が、よろける未夢をささえる。
騒がしい声の女性が、息を切らしながらやって来た。
「すみません、このコ、」
息をととのえながら、話をつづける。
「みなさん、だいじょうぶでしたか?」
「え…えぇ、なんとか…」
彷徨がそう言うと、安心したように先を話す。
「申し訳ないんですが、急ぎますので…もし、なにかありましたら、こちらまでご連絡ください…」
名刺を差し出すと、
「では、失礼します」
女性は、青い帽子の女のコの手を引いた。
「さっ、行くわよ…みなさん、お待ちかねなんだからねっ」
女のコは、目を丸くしていた。
「あっ、あのっ、ちょっとっ」
「もうなに言ったってだめです、和泉さんをお待たせしちゃ…」
足早に、行ってしまった。
「う〜ん…」
星矢が起き上がる。
彷徨が問いかける。
「だいじょうぶか…っ、夜星…」
「う…ん…ちょっとまずいな…」
「打ったのか?」
「いや…そうじゃなくて…未夢ちゃんと…キョウコちゃんが…」
「キョウコちゃん?」
彷徨は、さっき見ていたポスターに、目を向けた。
◇
車の中で、未夢は鏡を見た。
青い帽子の中のこの顔は、たしかに、あの超アイドル・キョウコの顔だ。
それだけじゃない、髪型も、服装も、
…ちょっと、さわってみた。
…見かけによらず、けっこう、あるんだね―…。
こんなことで、自分のからだじゃないことを理解してしまうのが、なんだかくやしいような―
って、そんなことを悩んでる場合じゃないっ。
いったい何がどうなって、わたしはキョウコになっちゃったのっ!?
キョウコは今度、ドラマに出るらしい。
共演するのは大物女優、和泉一子。
芸歴も長く、美人という言葉からは遠いものの、その演技力は定評がある。
それだけに、キョウコのようなアイドルには厳しいというウワサ。
一般人にも、そんな話は届いている。
で、そのこわそうなひとに、わたしがあいさつをする…のよね―…っ…。
緊張で胸がつぶれそうだ。
マネージャーが、事務所のドアをたたく。
「おはようございます〜」
通されると、豪華なソファー。
待っていると、和泉一子。
「よく来たわね」
失礼があっちゃいけない。
"キョウコの姿の未夢"は、すくっと立ち上がって、大きな声で頭を下げた。
「こっ、こんにちはっ、初めましてっ、よろしくお願いしますっ」
和泉とマネージャーは、頭を上げない若いアイドルを、まじまじと見た。
見開いていた目を元に戻すと、和泉はマネージャーに顔を向けた。
「あんたんトコの若いコ、みんなこんなふうなの?」
「いっ、いえっ、このコは―…」
マネージャーがいっしょうけんめい、取りつくろおうとした矢先、
「気に入ったわ」
和泉が目じりを下げた。
「は?」
「だってあなた、いまどきこんなコ、いないわよ?」
和泉は"キョウコの姿の未夢"に、座るようにうながした。
座るのを見届けると和泉は、慣れた長ゼリフのように、まくしたてた。
「世間じゃこのコのこと、いろいろ言っててさ、あたしもなんか『失踪した』ぁなんてきいたもんだから、どんなコなんだろうと思ってたのよ。礼子ちゃんの娘さんなんでしょ?どーせ親の七光りで、業界ズレしてんでしょ、甘えたこと考えてんじゃないわよって、ぶんのめしてやろうと思って構えてたのよ、ホントのハナシ。でも、カオ見るなり『こんにちは』だもの、びっくりしたわよ…しっかり声も出てるし、あいさつもいい。あんたんトコじゃよくこんなに業界ズレしない、いい子を育てるわよねぇ?」
タバコを1本取り出して、火をつける。
丸い顔の真ん中で、それをひと吸いすると、和泉は若いアイドルに向かって、笑顔を向けた。
「あたしが面倒見てあげる。まかしときなさい」
◇
意識のない未夢の体は、重い。
石段を登りながら、彷徨は星矢に続きを尋ねた。
「カゼひくと、触った他人の心を吸いこんじまう…んなら、こいつの心はいま、おまえが吸い込んじまってるんだな?」
星矢は赤い顔に汗を落とした。
「いや…そうじゃないんだ、ぼくがいま吸い込んじゃってるのは、キョウコちゃんの心なんだ」
ようやく登りきったところで、立ち止まる。
「どーしてそーなるんだ?」
星矢は相当苦しそうだ。
「くわしいことはよくわかってないんだけど、…吸い込んじゃってるときに、別の人にさわっちゃうと、その人の心と先に吸い込んだ心とを入れかえちゃうらしいんだ」
「じゃあ、いま未夢の心は…」
「キョウコちゃんの身体の中…」
彷徨は自分の部屋に、未夢の身体を横たえた。
「かぜが治ったら、ぜんぶ元通りになるのか…?」
「ふつうはそうなんだけど、入れかわっちゃってるから…たぶん、入れかわったままになると思うんだ…」
目の前の未夢の姿。
じっと、彷徨は見つめた。
「じゃあまず、未夢の心をここに戻さなきゃなんない…って、ことだよな…っ」
彷徨はじっと、横たわる未夢の姿を見つめた。
◇
三太からゆずってもらった、ちょっと古めのバイク。
銀のボディの脇に赤いメーカーのロゴが、いかにも三太の趣味っぽい。
≪もう2ストなんて、売ってないぜぇ≫とか≪あのハンス・ムートのデザインなんだぜぇ≫とか、さんざんホメちぎってたのに、手放すとなるとあっけないものだ。
しかし、大きさのわりには力のあるおかげで、助かっていた。
ちゃんとふたり乗れて、それなりに走れるのだから。
実際、今がそのときだった。
電話口で
「かなたっ?」
という声を聞いたとき、すぐに未夢だとわかった。
たとえ声質が違っても、すぐに未夢だとわかった。
とにかく居場所だけを聞いた。
ヘルメットを2つ持って、とびだした。
着いたとたん、未夢が―姿はキョウコだが―、とびついてきた。
ヘルメットと自分の革ジャケットを手早く着せた。
うばいとるように、後ろに乗せた。
それでいま、信号待ち。
「しっかり、つかまってろよっ」
「でも…」
「なに言ってんだっ、落っこちたらどうすんだよっ」
「だって…」
このカラダでは、抱きつきたくないんだもん―…。
彷徨はためいきをひとつ、はいた。
「しょーがねーな―…っ」
信号が青に変わったとたん、彷徨は道筋を変えた。
そこからは細い道をつないで、西遠寺。
石段の下にバイクを放っておいて、駆け上がる。
自分の姿を、他人の目で見る―というのは、妙な気分だ。
わたしって、こんなふうに見えてるんだ―…。
「ほらっ、ボーっとしてんなよっ」
彷徨がそっと、手を引く。
それだけのことが、すごくうれしかった。
ひょっとしてずっと、このままかもしれないと思ってたから。
「じゃ、いくよ―」
星矢が手をのばす。
キョウコの腕に触れる。
これでキョウコは…。
未夢の視界には、キョウコの姿と―
「あれ?」
自分の姿。
キョウコの口から、言葉が出る。
「ごめんごめん、ちょっと失敗したみたいだね―…っ」
彷徨と、口をそろえた。
「ちょっと失敗、じゃないーーーっ!」
◇
何とか、もとのカラダに収まった。
心の抜けてしまったキョウコは、星矢が運んでいった。
ニュースでは、超アイドル・キョウコ、過労で倒れる…と出ていた。
星矢の具合もだいぶ良くなっていたし、明日の朝にはキョウコも元通りだろう。
そのキョウコのシングルが、コマーシャルで流れる。
ふと、夕方のポスターを思い出した。
そして、離れて見た自分の姿も。
キョウコのほうが、やっぱり美人だし、スタイルも―…。
「ねぇ彷徨…」
「ん?」
「あのまま、入れかわってたら、―わたしと、キョウコが入れかわっちゃってたら、彷徨はどうしてた?」
「そりゃ、シャラク星に行ってでも、もとに戻す方法を探しただろうな」
未夢はもじもじしながら、言った。
「いや…そうじゃなくてさ…その…」
「…なんだよ」
「その…どっちの方が、良かったかな、って」
彷徨はちょっと天井を見上げて、すぐ手もとの本に視線を戻した。
そしてさらっと言ってみせた。
「キョウコの方」
未夢の胸の真ん中で、心臓が1回大きく、はねた。
「だって、キョウコの姿のなかには、おまえが入ってんだろっ?」
目を丸くする未夢。
彷徨は本から視線を外さずに、付け加えた。
「…そりゃ、おまえの姿のおまえが、いちばんいいけど…なっ」
ふたりとも、耳のそばまで、真っ赤だった。
ポスターで見た、「Xmasはあなたと…」が、テレビから繰り返し流れていた。
「当たる世間のバネ秤」で、キョウコの演技が評判になるのは、後々のお話。
#3000ゲットのflowしゃんからの「もしも未夢がアイドルになったら?」がお題です。
お題をもらった当初、全然アイデアが浮かばなくて、山稜だぁシリーズからハズして別物にしようか、なんてflowしゃんに泣きついたこともありましたっけ(^^;
話の中で出てくる「三太から譲られた彷徨のバイク」ですが、当初ホンダの「トランザルプ400V」というバイクにしてました。以前友人が乗っていて、三太のようにホメちぎってましたが、やはり手放すときはあっけなかったですね(笑) 現在のものはスズキの「GSX400Sカタナ」(カナタじゃないよ(^^;)です。こっちの方が彷徨のイメージに合ってるような気がします…って、知らないとぜんぜんわかんないですね(汗)
…今回もいろいろ詰め込んでますが(汗)、星矢初登場です。シャラク星のカゼって怖いですねぇ(笑) キョウコの成功の影に未夢がいた…なんていうのは、誰も知らないことでしょうけど(^^)
そしてこのお話、直接「まい・おうん・さんたくろーす」に続くことになります…。