作:山稜
「あれ…か?」
奥に、氷の魔人がうろついている。
人の背たけの、何倍あるだろうか。
その後ろに…氷づけになった、ランス。
ログアウトのカードは、ランスが持っていってしまっていた。
助け出さないと、帰れない…。
カナートは小声でたずねた。
「それで、この…カードってどうやって使うんだ?」
「ちょっとみせて…あれ、これって、ぼくたちのことばじゃないんだね」
ミレイユは自分のカードを見てみた。
「えっ…これって、漢字じゃないっ」
「そういえば、」
セイルは思わず大きな声を出しそうになって、自分で口を押さえた。
怪物に気づかれてないことを確かめて、小声で言い直す。
「…そういえば、カードってログインするひとの、とくちょうとか知ってることとかで、かいてあることがかわるっていってたっけ―…」
ミレイユは感心のまなざしで、セイルを見た。
「セイルくんって、ちっちゃいのにかしこいんだね―…っ」
見る限り、セイルは、まだ幼い。
4〜5歳ぐらいだろうか?
しかし、はしばしに、利発さを感じる。
きっと、ルゥくんもこんな感じかな…。
いまごろはもっと、大きくなってるだろうけど。
「お前がバカなだけだろっ」
カナートが舌を出している。
「彷徨っあのねぇっ」
カナートは、あきれ顔でミレイユを見た。
「だから、カナートだって…せっかくゲームしにきてんだから、ふんいき、ぶちこわすなよっ」
ミレイユはふくれながら、眉をひそめた。
「でも…星矢くんが言ってたのと、なんかちがわない?」
「ああ…シューティングゲームだって言ってたのにな」
「で、カードはもういいの?」
にこやかなセイルの声に、われに帰る。
苦笑いしながら、カナートはもういちど、カードを見た。
【クリークのドラゴンと破邪の剣】…そう、書かれている。
炎の剣に竜が巻きついている絵。
その下に、いくつかのマーク。
「これ、どういう意味だ…?」
ひとつひとつ、セイルが答える。
「じゃ、このカードは、持ち主しか使えなくて、使うのに呪文が必要…ってことか」
もう一枚のカードも、尋ねてみる。
ものすごく強力そうな、火焔の絵が描かれている。
【火界慈救斬】、やっぱり持ち主しか使えない。
しかもどうやら、【破邪の剣】を呼び出さないと使えないらしい。
「剣、か…たしかに、いまいちばん必要なもんなんだけど…な…っ」
「わたしのこれも、呪文が必要…ってこと?」
ミレイユは【回復】と書かれた自分のカードを、ふたりに見せた。
「そうだね…」
即座に、セイルが答える。
「でも、呪文…って…なんて、となえればいいの?」
「持ち主の特徴や知識に関係することなんだろ?」
カナートはセイルの顔を見た。
セイルはうんうんと、ふたつ、うなづいた。
「おまえだったら、さしずめ『ちちんぷいぷい』とか『いたいのいたいのとんでけ』とか、そのヘンじゃねーの?」
カナートがまた、舌を出している。
ミレイユは肩をいからせた。
「いちいち、あんたはもぉーっ!」
その声が、あたりにひびく。
「ばっ、おまっ、」
あわてても、遅かった。
氷の魔人にも届いて…いた。
魔人が、こちらをにらみつけてくる。
つぎの瞬間、無数の氷の刃…
カナートのほおが切れ、セイルの髪の先が散る。
1本が、ミレイユに向かって―
セイルがカードを手にした。
「えいっ」
かけ声とともに、ひとさし指をふりかざす。
ミレイユの目の前で、氷はこなごなにくだけ散った。
次々と飛んでくる刃を、次々とくだいていく。
「ぼくがふせいでるあいだに、なんとかカードのつかいかたをさがしてっ」
そう叫ぶセイルに向かって、カナートは大きくうなづいて見せた。
氷には炎…。
そうわかっていても、どうすればこの剣を…。
ミレイユは自分のカードを何度も見返した。
しかし、持っているのは回復のカードだけ。
どうすることもできない―
「彷徨…」
おもわず呼びかける名前にも、ただしている余裕はない。
何かの小説か…?
それとも、テレビか、映画か…?
記憶の糸をたぐっても、それらしい答えは見つからない。
「彷徨…っ」
ミレイユが何度も呼びかけている。
「なんだよ未夢、ちょっと…」
文句を言おうとするのに覆いかぶさって、ミレイユが言う。
「お経じゃないのっ、…ほらっ、いつかのおふだに書いてあったようなっ」
「お経?」
セイルのカードは、次第に色を失い始めた。
「カナートおにーちゃん、まだわかんないっ?」
お経?
…お経というか、
セイルのカードが色を失う。
とたんに、するどい氷の先が、セイルを襲う。
「セイルくんっ」
肩から、血がいっぱい―
…ゲーム、なんだよねっ?
ほんとに、ゲームなんだよねっ?
でも―
ミレイユは、セイルをいっしょうけんめい、抱きかかえた。
「こっちだっ」
カナートは、ミレイユの手を引いた。
壁に少し、くぼみがある。
すぐに、どうしようもなくなるかもしれないが…。
ミレイユは、自分のカードをとりだした。
「これ…つかえるのかな…」
「やってみるしかないだろっ」
カナート…彷徨の、言葉。
いつも、自分に、何かをくれる。
ちょっとでも可能性があるんなら、やってみたい―
未夢は―ミレイユは、カードをかざした。
「ちちんぷいぷい、いたいのいたいのとんでけ―…っ」
カードが光る―
セイルの傷は、あとかたもなく消えた。
「…まさかホントにそれだとは、な―…っ」
カナートは自分にも、そう言っていた。
知っている中で、竜がまきつく炎の剣なら、あれしかない。
クリークじゃなくて、クリカラ―
オヤジは真言をおもちゃにすると罰が当たるっていうけど、
「セイルを頼むぞっ」
言うが早いか、カナートは魔人に向かって飛び出した。
「ちょっと彷徨っ!?」
ミレイユの声は、もう届いていない。
【クリークのドラゴンと破邪の剣】を振りかざす。
カナートが、叫ぶ…。
「ナウマクサマンダボダナン、クリカナカラジャ―…っ」
カードが、まばゆい光を放つ。
光は大きな柱になる―
やがて光の柱は、ドラゴンの姿をかたち作った。
そしてカナートの手もとには―炎をまとった剣。
「竜王、やつの動きを止めるんだっ」
カナートの言葉に、ドラゴンが素早く動き出す。
氷の魔人に向かって、一直線に空気を割る。
ごおっ、という音が耳に届くより早く、ドラゴンは魔人に巻きついていた。
「やった!」
セイルが歓声を上げる。
次のカードを取る。
ミレイユが叫ぶ。
「彷徨まって、ランスくんまで巻き込んじゃ…っ」
カナートはミレイユに、やさしい顔を向けた。
「心配すんなっ、だいじょうぶだっ」
あの顔で、だいじょうぶだって言われたら、そうじゃなくても信じてしまう―…。
火界慈救斬…
火界呪か、慈救呪か…
右手にカード、左手に剣を掲げる。
…助けたいんだったら、こっちか―…っ
「ノウマクサンマンダバザラダンセンダ、」
ドラゴンの締め付けも、徐々に弱くなっている。
氷の魔人が、あばれ始める。
カードが淡い光を放つ。
カナートは顔色を変えずに、続けた。
「…マカロシャダ、ソハタヤウンタラタ…っ」
カードが強い光を放ちはじめた。
たぶん、これでいい…。
「…カンマンっっ」
剣から、炎がほとばしる。
カナートがそれを一振りする。
魔人の肩から腰に、剣の道筋が抜ける。
上半身が、斜めに崩れ落ちる。
次の瞬間、魔人はあとかたもなく、融けていた。
魔人がいた場所よりむこうは、火の海。
カナートはそれを、じっと見つめていた。
ミレイユはカナートを、どなりつけた。
「彷徨のばかっ、ランスくんがっ!」
「だいじょうぶだって、言っただろ…不動明王の迦楼羅焔は、降魔覆滅の焔だからな…」
その言葉に合わせるように、火の勢いが急に収まっていく。
向こうに、座り込んだ黒髪の少年が、宙を見つめている。
「ランスっ」
セイルが駆け寄っていく。
「だいじょうぶっ、しっかりしてっ」
ミレイユも、【回復】のカードを手に走る。
しかし、そのカードは必要なかった。
「あれ?ごちそうの山は、どこいった?」
「だいじょうぶそうだね、ランス―…っ」
◇
4人は、声をそろえて笑った。
「でも、これで帰れそうだな―…っ」
カナートがそういうと、セイルはうつむいた。
「どうしたの?」
ミレイユは、セイルの顔をのぞきこんだ。
「…だって、せっかくなかよくなれたのに―…」
カナートは、セイルの頭をぽんぽんとなでた。
「きっとまた、会える―きっと会えるから、泣くな…っ」
セイルは顔を上げた。
カナートが、ミレイユが、笑っている。
セイルも笑った。
涙をふいた。
そして大きく、うなづいた。
ランスが急に声を上げた。
「ちょっ、おねーちゃん、うっ、うでっ」
ミレイユの腕が、まん中でゆがんでいる…。
「なっ、なにこれ―…っ」
カナートはあわててミレイユの手をとった。
しかし、とった自分の手も―…。
「もしかして…通信障害が起こり始めたんじゃないか―…?」
だれもが、思った。
急がないと、ちゃんとログアウトできないかも―…。
もしそうなったら、戻ったときにまずいことになるかもしれない。
「いそごうぜっ」
ランスの声がひびく。
ミレイユはセイルの手をとった。
「元気で…ね」
セイルはふたりを交互に見た。
「また…会えるかな?」
カナートが、セイルの頭をぽんっとなでた。
「きっと…な」
それを見届けると、ランスはカードを振りかざした。
「じゃあいくぜ…ログアウト―…っ」
カナートとミレイユの姿が、切れ切れになっていく。
真っ暗などうくつは、しだいに見なれた部屋へと変わっていった。
無事、だ―…。
「あわわわ、おっおれっ、ちゃんと手足あるよなっ」
「だいじょうぶだよランス、ちゃんとぜんぶ、もとのままあるよ」
「おい…もうゲーム、おわったんだろぉ」
ふたりの少年は、顔を見合わせて笑った。
「ごめんラン、つい」
無事、だ。
きっと、あのふたりも。
部屋の向こうに、カナートとミレイユの笑顔が見える気がした。
◇
「おかしいですねぇ」
キーをたたきながら、ほおから伸びるひげがゆれる。
「そんなキャラクター、プログラムしてないです…っ」
そう言われて、少年は画面をのぞきこんだ。
「えっ…でも、パパみたいにかっこいいおにーちゃんと、ママみたいにやさしいおねーちゃんが、たすけてくれたよ?」
ふかふかした毛並みをゆらせる。
「う〜ん…ひょっとして、作りかけのキャラクターを入れてしまったんでしょうか…」
首をひねりながら、ききかえした。
「そのキャラの名前は、おぼえていませんか?」
「なまえ?カナートとミレイユだよ」
キーボードの前の彼は、もともと丸い目をさらにまるくして、少年をみた。
「えっ、彷徨さんと未夢さんですかっっ!?」
「ちがうよ、カナートとミレイユ、だよ」
それをきいて、また画面に向き直る。
「あっ…そーですよね、そんなわけありませんよねぇ」
ふぅ、とため息をついて、またキーをたたき始める。
「あっ…」
「どうしたの?」
丸かった目は、急に細くなった。
「別のゲームで使おうと思っていた、ネットワークのためのプログラムが入ってしまっていましたぁ」
ぶちになっている頭の左側をひっかいて、もう片手でキーをたたく。
「それにしても、ヘンなプロトコルできてますね…っ…時空のひずみでも通ってきたような信号です…きもちわるいから、このプログラムだけ、消しておきましょうっっ」
「ちょっとまって」
「は?」
「そのプログラム、けさないでくれないかな―…っ」
「でも、コンテストに出すぶんには、このプログラムは必要ありませんし…」
少年は、大きなきれいな瞳で見上げていた。
この家にきて、もうながくなるが、いつもこの目には…負けてしまう。
「わかりました、これはそのままにしておきます…っ」
少年の顔は、ぱあっと明るくなった。
「ありがとう、ワンニャーっ!」
「いえいえ、ルゥちゃまのためですからっっ」
ふー、やっと書けた(^^;
#1234ゲットの酉さんからのお題、「ネットゲーム」ということにしてもらって書きました。
この話は本当に難産でした。お題が決まって、アイデアがまとまったのは2ヶ月以上前ですが、ようやくできたって感じです。書きなれない雰囲気の話、やっぱしむずかしー!…特にアクションシーン!LEOさんなんて、なんであんなにすいすい書けるの?(^^;
それにしても、またもや長くなってしまいました。
いつものだぁ!世界じゃない世界観を説明しなければならないとなると、どうしても長くなってしまうんですが、あくまで短編なので…。短くしてどれだけ理解してもらえるか、っていうところがむずかしくて、結局7〜8回書き直してます。それでも満足は行ってません…なにせ、もともとのプロットで全部書いたとしたら、この4倍強になるでしょうから。
セイルくん=ルゥくんですが、名前の元は「セイ・るぅり」。彷徨の原型です☆ ワンニャーはコンテストに出品するのが好きなんでしょうか、いろんなものを作ってるようですね(笑)
星矢は名前だけしか出てきませんが、もともとはセリフもあったんですよ(^^;
少し大きくなったルゥと、ワンニャー、それにランまで初登場ですが、読んでて「あれっ?」と思った方。そうです、未夢の予想に反して、ルゥの成長は遅かったんです。なぜって…それは次回コラム「オット星考」で♪