作:山稜
目が覚めた。
オヤジは相変わらず、バタバタしてる。
お盆の時期は毎年、こうだ。
それも、きょうで一区切りするんだが。
電話…?
オヤジ、さっき出てったよな…。
がばっと起き上がる。
もう、頭痛もない。
のども…大丈夫。
茶の間へ急ぐ。
「はい、西遠寺…sure.…Oh, Michel? How are you doing?…」
ふう。
置いたと思ったら、またかかってきた。
「はい、西遠寺で…」
都合3本の電話。
みんな、母と交流のあった人だ。
お盆に母を思い出して、電話をくれたらしい…んだけど。
世界の人々を…か。
なんとなく、人の声が聞きたくなる。
テレビをつける。
式典…か。
…そうだ。
ノートパソコンを、棚の上からちゃぶ台へ。
電源を入れて、その前に座り込む。
右腕で、ほお杖をつく。
検索エンジンを…。
玄関が開いた。
あの開け方は、未夢だ。
「おじゃましますっ」
別にもう、あいさつもいらないだろうに。
部屋のふすまを開く音がする。
…こっちだって。
どたどたと、ろうかを踏む音。
ふすまが開くなり、未夢の声。
「あーもうっ、ねてなきゃだめでしょっ」
そう来ると思った。
「夏場のかぜなんて、そんなに長引くもんじゃねーって」
それだけ言って、検索を続ける。
未夢が、おでこに手を当ててくる。
…一応、納得したらしい。
「夏休みだからって、無理しちゃだめだよ…っ」
心配そうな目が、ちょっと痛い。
痛いというより…照れくさい、か。
「もう大丈夫だって」
「そんなにいっしょうけんめい、なにしてるの?」
未夢がのぞきこんでくる。
「…行方不明の自衛隊陸曹、E国で遺体で発見…? …ドラゴンの花嫁コンテスト? …除霊師の知られざる活躍?」
画面の脇に表示されてる、関係のないニュース。
「なにニューストピックス読んでんだよ…」
未夢の顔が、すこし赤くなった。
ごまかすように、別のところを読んでくる。
「…城北大教授変死、学生2人自殺…?風谷教授?比較宗教学?…なにこれ?」
「いや…な、城北大なら、そんなに遠くないかなって思ったんだけどなっ」
そのあとの言葉を続けようとして、気がついた。
しっかり、両手で鍋を握っている。
「なんだよこれ?」
「あっ、これっ、すごいんだよっ」
顔全体をほころばせて、未夢が言う。
「パパがねっ、学会で大阪に行ってきてね、あっちで食べたんだって」
鍋のふたを取ってみる。
「…さといも…飯だこ…と、かぼちゃ、か」
「いもたこなんきん、っていったりするらしいよ」
じっと、未夢がのぞきこんでくる。
かぼちゃ…。
うまそうに、煮えてる。
「…この炊き方だと、おじさんが作ったんだな」
案の定、ほっぺたをふくらませた。
「なによっ、わたしだって、だいぶ…」
「手伝った、っていいたいんだろ?」
ほっぺたが、もっとふくらむ。
わかりやすいヤツ。
「いっしょうけんめい、な…さんきゅ」
そう言って、少し笑ってみる。
未夢は動きを止めた。
じっと、こっちを見てる。
赤くなってる。
「それでいーじゃん」
ひとこと言うたびに、赤くなる。
うつむいてしまった。
こっちまで、照れくさいじゃねーか。
彷徨はあさっての方を向いた。
「だいたい、未夢が全部作ったら、タコ食ったらタコの姿に変わっちまうかもしれねーしなっ」
舌を出してみる。
「どこの世界に、人間がタコの姿に変わるようなハナシがあるのよっ」
「わかんねーぜっ、宇宙は広いからなっ」
「あんたねぇ…っ」
続いてくるかと思ったそのとき、テレビが様子を変えた。
時刻は、もうほんのすこしで12時。
映ってるひと、みんなが、構えてる。
それにあわせる。
未夢も、いっしょにあわせた。
テレビから、合図の声がした。
「黙祷…」
西遠寺の鐘が、あたりに鳴りひびく。
1分間。
たったそれだけでも、祈ろう…。
テレビがまた、ざわつきはじめた。
未夢が、ぼそっと言った。
「ずっと…平和がいいな…」
平和、か―…。
「でもな…」
未夢がこっちを向いた。
「こうしておれたちが平和を感じてる間にも、世界のどっかじゃ戦争してるんだ…っ」
やるせない気持ちに、なってしまう。
「領土とか、信じてる神とか…そんなもので殺しあうなんて…」
未夢が思い出したように、言った。
「そういえば…こないだ、星矢くんがきたとき言ってたよね…。
ぼくは『国』っていうのがどういうことか、わからないんだ、って…。
星の上に境界線を引かなきゃいけない意味が、わからないって…」
空のむこう。
彼方の星に住む人たち―…。
「あいつらは、手を握れば相手の心がわかるから…な…。
けんかぐらいはするかもしれないけど、殺しあう前にわかりあえるのかもな…」
「うらやましーね…」
未夢が、悲しげな顔をする。
あまり、そういうのは…見たくない。
そうだ。
「でも、おれたちだって、最初はわかんないどうしだったんだぜ」
未夢が目を丸くしてる。
「あのとき、ルゥがきて、ワンニャーが現れて…
誰だって、ルゥのような純粋さと、ワンニャーのようなあたたかさと、
―それと、お前みたいな前向きな明るさがあれば、
…家族みたいにわかりあえるかもしれない―…」
ちょっと、照れくさいけど。
未夢が悲しそうな顔をやめたから、それでいい。
しかし未夢は、その言葉を否定した。
「でも、それじゃだめだよ」
なにが―…だ?
「なんでだよ」
「だって、彷徨のような思いやり、が、抜けてるもん…っ」
なにか言い返そうと思ったが、言葉にならない。
照れくさいのが、ごまかせない。
また、ぱちぱちとパソコンを打ち始めた。
「そうだ、さっきのあれ、なんだったの?」
「あぁ、城北大に比較宗教学のゼミがあるって聞いたから、しらべてたんだけどな…なんかヘンな事件で、なくなったらしーんだ」
未夢は首をかしげた。
「比較宗教学って?」
「だから…世界中にはいろんな宗教があるだろ?
それってでも、その土地の風土や文化から生まれたもんでさ…。
それをちゃんとわかれば、なんの神様を拝んでるからって、戦争なんてしなくてもいーんじゃないかって、な…もっとわかりあえるんじゃないか、って」
未夢が、だまっている。
見ると、目をかがやかせてる。
そんな目で見られたら、やっぱり照れくさい。
彷徨は言葉をつけくわえた。
「いちおー、寺の息子だからなっ、おれ」
未夢が笑った。
そういえば…。
「未夢は進路、きまったのか?」
「わたしは…ほら、もうこれから4年も勉強するのなんて、考えたくないから」
おもわず、ふきだした。
「まぁ、笑うだろうと思ってたわよっ」
「わるいわるい、それで?」
「だから…短大の被服科なんていーかなー、って」
「それでも勉強はしなきゃいけないだろっ?」
「でも、やりたいことやるんだったらいーかなって」
そんなこと、きいたことあったか…?
こいつとも結構、ながいつきあいだけど。
「おまえ、被服なんかやりたかったっけ?」
未夢は即座に答えた。
「だってほら、ルゥくんの着るものだって、結構高かったじゃない―スタイ1枚1200円とか、ロンパスなんて5000円ぐらいしたでしょ?だから、赤ちゃんの着るもの、自分で作れたらいーなって」
言葉を失う。
どう言ったもんだか、とっ、とにかくっ、
「おまっ…赤ちゃんって…っ」
言ってること、わかってんのか、こいつっ。
そのあとに返ってきた言葉が、さらにどきっとした。
「べっ、べつにっ、彷徨の赤ちゃんとか、そんなこと言ってないからねっ」
よく見ると、未夢は結構薄着だ…。
って、おいっ。
「そっ、それっ、あっためなくていーのかっ」
鍋をゆびさして、自分はあっちを向いている。
「はっ、はいっ、いま用意するっ」
…ったくっ。
せっかく治ったのに、また熱が上がりそうだ…。
「彷徨」
とつぜん、宝晶の声。
「んだよオヤジっ、びっくりするじゃねーかっ」
「あのな…彷徨」
父の顔で思い出した。
「あっ、そうだオヤジ、マイケルさんとエリックさんとトミーさんから電話、あったぞ」
宝晶の顔はパッと明るくなった。
「マイケルって、あのマイケルか!?もうだいぶ立派になっただろうのぉ…」
彷徨も、思い出して言った。
「ちいさい頃、遊んでもらったっけな」
「そうじゃそうじゃ、かあさんが生きてた頃は…またこっちに来とるのか」
「そうらしい…オヤジによろしくって言ってた、エリックさんも」
「あのふたりはまだ、つるんどるのか…J.B.も元気かのぉ?」
そう言って笑うと、腕組みをした。
「トミーさんも最近会っとらんからのぉ…一度、あいさつに行ってくるとするか」
ひとしきり懐かしさにひたると、宝晶は思い出したように言った。
「それより…彷徨」
真剣な目つきが、どきっとする。
「な…なんだよ」
「わしも一緒にあやまってやるから、ちゃんと…な」
話が見えない。
「その…お前ももう、12月には18になるんじゃから、ちゃんと籍を入れてじゃな…」
籍!?
「いったい、なんのハナシだよっ!?」
宝晶は、いたって真剣だ。
「もう、隠さんでもええ、きいとった…まぁ、こんなにすぐそばに、好き合うとる若い男女がおったら、いまどきはもう、当たり前かもしれん…」
彷徨は頭を抱えた。
頭痛と咳が、もどってきそうだ。
「オヤジ…あのなぁ…」
「じゃからな、籍とか、ちゃんとしておかんと、生まれてくる子供がかわいそうじゃ…なに、お前たちも真剣につき合うとるのは、光月さんもわかってくれておるじゃろうし、話せば…」
「だからっ、オヤジーっ!」
でも…。
いつか、そのときには…
地球にも争いは、なくなったんだ、って、言えたら…な。
夏の彷徨シリーズも、とりあえず一区切り。
夏かぜをひいてしまったくだりは、ちーこしゃんトコでどうぞ。
もともと、リクエストネタとして書こうと思っていたんですが、どうも趣旨と合わなくて…で、「四中」でLEOさんが8月15日スペシャルを書く!と宣言されてたのを見て、それに合わせてみました(^^; 四中には別バージョンを上げてあります。
先に公開した「キャラ考」の設定の説明(汗)が主ですが、まぁ…いろいろ遊んでます。トミーさんだけ日本人ですね(笑)